ドリコムを知る

ドリコムの変遷

199X 〜

社長内藤の「発明家」という夢
夏休みの自由研究で取り組んだ「私のアイディア貯金箱コンクール」で表彰されたことをきっかけに、ものづくりに夢中になる。発明家を目指した内藤は、ノーベル賞受賞者を多く輩出していた京都大学に進学。そこで志を共にする仲間に出会い、ドリコムという会社がスタート地点に立つ。

2001 〜

B to C 向け WEB サービス

大学発ベンチャーとして始動
「物理化学的な発明だけが『発明』ではない。今までにないサービスを産み出すことも『発明』だ」と感じ、京都大学在学中に学生団体を立ち上げるも、いくつもの失敗を経験。ビジネスコンテストに応募して得た優勝賞金100万円を元手として、2001年11月有限会社ドリコムが誕生。学生エンジニアを集め一軒家を借り、昼夜問わず討議と開発に明け暮れる。BtoC向けの検索エンジンやコミュニティサービスを次々とローンチさせる。

2003 〜

B to C 向け ブログサービス / B to B 向け ブログサービス

国内初のブログサービスを提供
ドリコムが数々の新規サービスをリリースし、注目を集めつつある中、アメリカではブログサービスが登場。インターネットの可能性と市場の大きな転機を感じ、「自分たちのアイディアで人を楽しませるものをつくりたい」と国内初となるブログサービスの提供を開始。手軽に書き込めるWebメディアとしてたちまち多くの支持を得た。その後、法人向けブログサービスを中心に事業は広がり、2006年2月に東証マザーズ上場を果たす。

2007 〜

モバイルコンテンツ

挫折、そして立て直し
株式上場後ビジネス拡大の戦略に走りすぎた反動の赤字決算。ステークホルダーの期待に応えようとしたが故の結果だった。事業の立て直しをはかり試行錯誤する中で下した決断は、「原点に立ち返ること」。「それでもやはりこの会社で新しいものを産めなくなったら終わりだな、と思っています」と内藤は当時の社内ブログに綴った。選択と集中を厳格に進める一方で、新しい芽を伸ばす為にモバイルコンテンツ事業に力を注ぐ。

2009 〜

ソーシャル × ゲーム / 広告

ソーシャルゲームへの挑戦
再建計画途中の2008年、Facebookの台頭に新しいインターネットビジネスの萌芽を感じ取り、翌2009年「ソーシャルゲーム」に大きく舵を切ることを発表。ゲーム領域に知見のなかった社内からは訝しむ声もあったが、選抜メンバーを集めた開発合宿を経て、社内にものづくり魂の火がつく。国内でも先陣を切ってソーシャルゲームの提供を開始し、何作ものスマッシュヒットを叩き出した。

2012 〜

ソーシャル × ラーニング / ソーシャル × マーケティング

ゲーム事業の展開と前進
ゲームを提供する中で培った「ソーシャル」のノウハウを活かした新規サービスに挑戦する。「みんながいるから続けられる」英語学習アプリ。リリース前から「みんなで盛り上がれる」事前登録サービス。世の中の3歩先を行くサービスを次々と発明し、事業領域を広げていく。ゲーム事業では日本を代表するコンテンツをゲーム化したタイトルを続々発表し、スマホゲーム市場におけるトッププレイヤーへと着実に前進する。

2015 〜

Invention Project

新たな可能性を探って
ゲーム事業が「発明を産み出す」から「発明したものをNo.1にする」段階へと成長。ゲーム事業の飛躍の裏では「発明を産み続ける」動きが着々と進んでいる。既に社会に定着したものではない、新しいものを見つけてつくりだすことこそがドリコムのDNA。これからも新しい事業を世に提案し続け、多様な市場、産業に可能性を広げて挑戦し続ける。この先の3歩先の未来を共につくり続ける仲間をドリコムは求めている。
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