医学部での実験の日々、
そこから気がついた

小さな頃から肌が弱くて、よく皮膚科のお世話になりました。だから、医学の研究がしたかったんです。大学受験では、iPS細胞で有名な山中教授にあこがれて大学を選び、入学後は研究職を目指して勉強していました。でも大学2年生の時に「ここは自分にとっては面白くない」とはっきり悟ってしまった。語弊があるかもしれませんが、医学って進みが遅いんです。特に基礎研究の分野だと、来る日も来る日も一見同じことをやり続けて、何年も、ひょっとすると何十年もかけて、ようやくひとつの発見に結びつくかどうか。
さらに当時の私は自分の興味のある研究ではなく、先生がほしいデータをとるためだけに来る日も来る日も「メダカを冷凍させた後解凍する」という実験に明け暮れていました。授業も暗記中心です。それは医学のプロフェッショナルになるためのアプローチとしては正しいはずなのですが、自分にとっての意味は見出せなかった。
ゴールを設定して、そのために最適な方法を考えて、どんどん打ち手を変えながらものごとを進めていきたい。少し遠回りでしたが、医学部に入ったことで自分はそういう性格なんだ、そういう仕事がしたいんだと気づくことができました。そこで動きの速い業界ってどこだろうと考えた時に、初めてインターネット業界に目が向いたんです。

指示に従うだけは嫌
目的意識を持って自分で「解」を求めたい、と思った

もともと広告にも興味があったので、「インターネット × 広告」という軸で考えて就職活動を始めました。会社選びで意識していたのは、自分はなぜ医学部が嫌になってしまったのか、ということ。ここでまた大手広告代理店等に入ってしまったら、私はまた指示に従って与えられたゴールに与えられた方法で進むだけになってしまうかもしれない。それでいいはずがない。もっと身軽で、かつ代理店販売だけではなく、広告の自社商品もつくっているところ。すでにナンバーワンなのではなく、いまナンバーワンを目指しているところ。様々な条件で絞り込んでいくと、自然とドリコムが残りました。面接で話を聞いてみると、ものづくりの精神がもともと強くてそれがインターネット広告の領域でも活かされているんだ、とわかってきて。非常に大きな魅力だと感じました。

できる事は仕組化して
やったことのない分野に挑みたい

入社して1年半が経って、正直に言えばまだまだできていないことのほうが多い。それでも、誰かが道を準備してくれていなくても、自分で調べたり教えてもらったりしながら推進していく、目的意識を持って解答を探していく、という仕事のスタンスは身につきました。例えばTwitter広告の運用を任されていますが、最初は本当にわからないことだらけ。Twitterという媒体の特性、そこに出す広告は他媒体に出すものとどう違うべきなのか、ハンドルとは何か、一つひとつ自分で調べながらやってきたからこそ地力がついたと思います。
よく広告業界ではどれだけ安くユーザーを獲得できるか、を目標のひとつに設定します。Twitterは何もわからないところから、今では必ず目標値を達成できる運用ができるようになった。でもそれだけじゃダメで。このターゲットに配信するなら、画像はAよりBがいい、どういうテキストがいい、といったことも分析を重ね、さらに獲得したユーザーの継続率や課金額も意識して運用しています。競合がやっているであろうことは超えないと意味がないですしね。
ただ、うまくやれるようになったからこそ、今後もずっとこの業務を続けたいとは思わない。この領域についてはもう道をつくれたのだから誰にでもできるよう仕組化して、私はまた他の新しいことに挑戦したいんです。動きの早い広告業界で常に新しいことに触れ、解を求めていく…こんなに楽しい「研究」はやめられそうにありません。

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