他社に比べて
ものづくりのマインドが際立っていた

ゲームディレクターとして中途入社しました。当時はソーシャルゲーム黎明期で、前職でも何本かつくっていたんです。この先もっと大きな波が来ると考えて、ソーシャルゲームへの本気度の高い企業に移ろうと、何社か面接を受けました。どの企業も「面白いものをつくって当たり前」「ユーザーの期待を超える」と言葉では似たようなことを言っていましたが、その中でもドリコムは本当にものづくりのマインドを最上位に置いている印象を受けました。つくり手主導で「オレのつくりたいものをつくる」っていう感じじゃなくて、お客さんが喜んでくれるものをつくっているんだな、と話を聞いている中で実感したんです。
入社後にジョインしたのは『戦国フロンティア』というゲームアプリで、当時の社内では比較的規模の大きな、15人以上のチームでした。イベントやガチャといった施策の効果が出ない時には、すぐ「こう変えましょう」と打ち手を考えて2日後には改善して結果を出す。あのスピード感を体験できたのはよかったと思っています。

ビジョンの共有、
愚直にそれを続けていく

人の移り変わりの激しいこの業界で私が4年以上ドリコムに残っている理由があるとすれば、フィールドを変えてやらせてもらっているというのが大きいですね。ずっとプランナーのままだったら、いまここにいないと思います。あるタイトルでは、プロトタイプの段階で一プランナーとして入り、ひたすらゲームのパラメータを切ったり、設定をつくったりしていました。そこからスタートしてリリース後にメインプランナーを任され、その後プロデューサーまで任せてもらえたのは大きなステップアップでした。
プロデューサーになると全体を統轄する立場になります。けれど、私はずっと企画畑でやってきたので、どうしても最初は企画メンバー側に寄って考えてしまう。悩みましたが、3カ月、半年と時間をかけて徐々に俯瞰できるようになりました。いまチームとしてどこがうまくいっていないのか、向かうべきゴールは何か。ゴールに対して何が足りていないのか。それを随時チェックして、次はここを目指していくんだというビジョンを全員の前で伝える。愚直にその繰り返しです。私にはエンジニアリングについて語れないと自覚しているからこそ「このビジョンを何月何日までに実現できるなら、手法は問わない」と宣言するんです。そうすることでメンバーが自分たちで考えて、そこに向かって自ら走っていってくれるようになりました。

ファンの心の中に
十年先も残るゲームを

ビジョンって、簡単なようで難しいものだと思います。企画もエンジニアもデザイナーも、何か「こういうものがつくりたい」という思いを持って仕事をしている。そのみんなの思いを具体的に言語化したものがビジョンです。
担当しているタイトルの原作は、毎日掲示板で語り合っている人達がいるような名作です。だからゲームのほうも、原作ファンの心の中に10年先も残っているものにしたいと考えました。
「10年後にも語ってもらえるゲーム」というビジョンを掲げることで、メンバー全員の自走性がより一段と高まりました。ビジョンというものはすぐ効いてくるものではなくて、じわじわと浸透して、内側から作用します。
メンバー一人ひとりが、ビジョンをコンパスのようにして「これだとビジョンから乖離する」「こうすればよりビジョンに近づく」と自分で考えるようになっていく。そうすると失敗や遅れを人のせいにしなくなるんです。「あいつの作業が遅れたからダメなんだ」じゃなくて「あれが遅れているから解決するためにこうしよう」と、いま起こっている事象をどう解決していくか、そういう姿勢に変わっていく。現在はひとつのプロダクトを見ていますが、将来的には事業をつくって運営できる人になりたい。そのためにドリコムで様々なフィールドを体験させてもらっています。

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